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2011’02.25・Fri

Gate

映画『Gate』をご覧になりましたか?
gate.jpg


2月11日、小平で上映されました。雪が降っていましたが、見てきました。

すぐにブログに書こうと思いながら、エムズ・アカデミーの蔵書の整理に予想以上時間がかかり、今日思い出しながら書いています。

みなさん、広島に落とされた原爆の火が、いまなお絶えることなく灯されていることを、ご存知でしたか?
私は知りませんでした。すごくビックリでした。ビックリを通り過ぎて、知らなかったことを恥じ入るばかりでした。


会場の隅で、ランタンに火をつけているスタッフの方がいました。
     fu.jpg hi.jpg



スタッフ: 「この白金カイロには九州の星野村からもってきた原爆の火が入っています。
       この火をランタンに点火します。この会が終了するまで、皆さんと共にいます。」


えっ?何を言っているの?と、わが耳と目を疑っていました。

: 「これは本物の原爆の火なのですか?」

スタッフ: 「そうですよ。このカイロ、触ってみて下さい。」

やさしい暖かさでした。帰宅後ネットで調べてみました。
胸が苦しくなる思いで読みました。

山本達雄さん(福岡県 星野村出身)は召集令状を受け、当時広島から130Kmほどはなれた場所で任務に就いていた。8月6日、山本さんはいつも通り、 広島近くの本隊に向かうため、汽車に乗っていた。 そして午前8時15分。突然、車中を白っぽい光が通り抜け、大地を揺がす途方もない爆弾音が・・・。 広島に原爆が落ちた瞬間だった。
 
山本さんは車外に飛び出し、広島市内で本屋を営む叔父の安否を確認すべく、広島に向って歩き出した。市内に近づくにつれて目の当たりにしたのは、男女の区別もつかないほど焼けただれよろよろと逃げてくる人々、あちこちに転がる黒焦げの死体、断末魔のうめき声と助けを求める手・・・その惨状は、この世のものとは思えない地獄絵であった。巨大な火柱となって激しく燃える広島の町。

やがて8月15日になり、戦争は終わった。

半月後、山本さんは叔父の行方がどうしても気になり、幾日も必死になって捜したが、何の手掛かりも見つからなかった。地下壕の中で、くすぶっている火の中にチロチロと燃え続けていた小さな炎を発見した。

何か生き物のように思え、形見として持ち帰ろうとした。カイロを取り出し、一本のカイロ灰を炎にそっと近づけてみた。炎はすぐに燃え移った。 1945年9月16日のことである。
 
その後、故郷の星野村に帰った山本さんは、大切に持ち帰った火を仏壇に灯し、いろりや火鉢にも移し、20年間以上、家族とともにひそかに守り続けたのである。
しかしその歳月は、山本さんにとって決して生易しいものではなかった。言葉では到底表現できない無残さ、原爆投下国に対するどうしようもない感情、そして火を絶対に絶やしてはならぬという心の重荷、負担。

1966年のある日、新聞記者によって「原爆の火」が初めて世に知られることになった。その後、星野村の村長の耳にも入り、星野村に正式に引き継がれることになった。
「火を村に渡すときは、心の整理もできて平和な気持ちになっていました」と山本さんが語っている。



う~ん、と唸ってしまいました。何とも言えぬ感情が・・・・。

戦争を知らない世代の私達が『戦争体験者からお話を聞く』『映画や本で事実を知る』ことを心がけなければならないと強く感じました。
過去の辛い経験から、『平和を守ることの大切さ』を、学ばなければ、命を落とした方々に申し訳ない…、そんな気持ちを強く持ちました。
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2011’02.13・Sun

犬棒カルタ   その4
私の一番のお気に入りの絵です。
てん


左 て:てんしる ちしる(林 義男・画)
泥棒が月夜を歩いている絵。
お月さまと地面に書かれた怒っている顔。とてもいい絵ですね。

右 て:出る杭は 打たれる

「あれ!読み札が違っている」と思った私は、手元にある「解釈付習字読本 伊呂波加留多」を調べてみました。
 江戸 て:亭主の好きな 赤烏帽子
 大阪 て:天道人を殺さず
 京都 て:寺から里へ

あら? 時代の流れにそって、読み札が変わるのかな?


現職のときの思い出
ある朝、教室に後ろのドアから入っていったときに、アメの包み紙を見つけました。
朝の学活が始まり、
(普通の声で): 「今、教室の後ろでアメの包み紙を見つけたけど、誰が落としたのかな?」

:・・・・・・ (全員黙ったまま、しんとしている)

(まだ普通の様子で):「今、食べたのか、それともたまたまポケットに入っていたのか、わからな いけど、
誰が落としたのかな? ちゃんと申し出てください。『あっ、しまった。』と感じていると思うよ。
先生だって、失敗もするし、間違いをすることもあるよ。
大事なことは、自分の過ちを認めて、謝ることだって、いつも話しているよ。」

:・・・・・・

(徐々に怒りを表して): 「誰が、アメの包み紙を落としたのですか? 『天知る 地知る 我知る』 この言葉、知ってる?」
この言葉の意味を説明し、 「先生はこのクラスに自分の行いをごまかすような生徒がいることが悲しい。勇気をもって、申し出てほしい。それまでは、朝のホームルームにも来ないし、給食にも来ない。」と意識的に私が怒っていること、悲しんでいることを伝えました。

職員室に戻ってきた私は、学年主任の先生に事情を話しました。
その日の給食、帰りの学活に私の代わりに行ってくれるよう頼みました。
やきもきしながら、一日が過ぎましたが、誰も名乗り出てきませんでした。

次の朝の学活も学年主任の先生が行きました。
学活が終わり、しばらくすると、Aが職員室の私のところに来ました。

A: 「アメの包み紙を落としました。すいませんでした。」

(やさしく):「アメは食べたの?」

A: 「はい。昨日塾に行くときにアメをポケットにいれたのを、学校にきて思いだして、食べました。」

(やさしく):「昨日、一日どんな気持だった?」

A: 「すごく嫌な気持ちだった。でも、なかなか言えなかった。」と涙声。

:「勇気を持って言えたから、えらかったね。『悪いと思うことはしない』って約束できる?」

A: 「はい。」

そしてAと指切りをした思い出、とても鮮明に覚えています。
Aはびっくりしていました。叱られるのを覚悟してきた様子でしたから。




いまさらですが、ネットで調べてみて、この言葉の由来を知りました。みなさんご存知でしたか?

中国の役人楊震(ようしん)が王密(おうみつ)からの賄賂を断った時の言葉で、「楊震の四知」として有名。

 楊震のところに王密が尋ねてきました。久しぶりに会った二人は話しがはずみましたが、やがて王密は懐から金10両を取りだし、楊震の前に差し出しました。

王密:「別に賄賂(わいろ)などではございません。ただの昔のご恩返しでございます。」

楊震:「恩返しなら世間に対して行えばよい。」

王密:「そのように堅苦しくお考えくださいますな。それに、今は夜中ですから誰も知るものはおりません。」

楊震:「天が知っている。地も知っている。お前も知っている。私も知っている。どうして知るものがいないと言えるのか。」

王密はこの楊震の言葉に己を深く恥じた、ということです。



犬棒カルタシリーズはこれでおしまいです。

カルタが私の記憶を引っ張り出してくれました。
いつも今を生きている私ですが、久しぶりに過去を懐かしく思い出しました。




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2011’02.10・Thu

犬棒カルタ その3
カルタの見比べの続きです。
実から

み:みからでたさび
  左:林 義男・画 悪いことをすれば、牢屋にはいるんだよ。
  右:自分で掘った穴に自ら落ちるよ。

現職のころの話です。
冬になると寒くなるので、遅刻をする生徒が増えました。チャイムと同時に多くの生徒が、
教室になだれ込んでいました。チャイムが鳴り終わるまでに、教室に入っていないと遅刻。
ほんの1分か2分、遅くても遅刻は遅刻。

何回注意しても、改まりません。生徒は遅刻を重く考えていないのです。

ある日、朝のホームルームで話しました。

:「遅刻の回数は通知表だけではなく、高校に提出する書類にも書く欄があるんだよ。
   1年生の時○回、2年生の時○回、3年生の時○回。病院に行った時は『○のため通院』とか、
   理由を書くけど、朝寝坊は理由として書けないよ。」

生徒:「えっ。うそ~。」
 
:「書類を受け取った高校の先生は遅刻が多いとどう思うかな?」

生徒:「だめだと思う。」
 
:「たとえば、入試で、定員まであと一人。入試で同じ点数、遅刻が多い生徒と少ない生徒、
    どっちを合格させると思う?」

生徒:「遅刻が少ない生徒」

:「すごい。よくわかっているじゃない。」

生徒:「遅刻の回数をちょっと減らして書いてよ。」 

:「それはできないよ。いつも先生が言ってるでしょ。『自分のしたことは、自分の責任だよ』って」

 


  なつかしく思い出しました。


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2011’02.08・Tue

犬棒カルタ  その2

2つのカルタ、見比べてみると、なかなか面白い。
まず、カルタの厚み、比べてビックリ。
   カルタ厚み



犬のお相撲さんのカルタを描いた林義雄氏を調べてみました。 


林 義雄  

童画家。2010年12月9日、死去。104歳。東京都出身。

「コドモノクニ」「キンダーブック」など児童雑誌のほか、教科書の挿絵を多数手掛けた。



「えっ!この方がこのカルタの絵を描いたのかな?」
「はっきりはわからないけど、たぶん、きっと、そうだ。そう思いたい。」
 
 と私の心はうれしい叫び声をあげています。
 じっくり見ると、一枚、一枚の絵に描いた人の心、思いが感じられます。
 ユーモアも感じられ、ちょっと笑ってしまいます。
 1枚、一枚のカードが「この絵は林義雄が描きました」と主張しているように感じます。
 
 なんだか、とっても得をしたような気持ちになりました。

ちょっと食べ比べ、ではなく、見比べてみましょう。左の絵が林義雄・画です。
  カルタ3カルタ2カルタ1

 し:知らぬが仏  
    美しい女の人が「うりもの」の札が付いている着物を着て、しゃなり、しゃなりあるいています。
  
 つ:月とすっぽん
女の人VS女の人、いやだな~。
   
   以前、松山千春のコンサートに行った時、
   千春が「美人はブスがいるから、美人と言われるのだから、
   ブスの人に『ありがとうございます』という感謝の気持ちを持たなければならない」と言って、
   笑わせてくれたことを、今思い出しています。

 き:聞いて極楽、見て地獄  
   耳にハスの花と極楽鳥  目にはコン棒を持ったオニ 一目瞭然ですね。
   右の絵はわかりづらいですね。


  
  みなさんは、どちらの絵が気に入りましたか? 
    

 
  










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